トビリシ 

マルコポーロが「絵に描いたように美しい」と称えた町。

冬に訪れたためか、街全体がもの寂しい気がします。

トビリシ市街の西に標高727mのムタツミンダ山があります。

山の名は「聖なる山」という意味です。

これは神々しい!……と思っていると、山の頂上には遊園地が!

トビリシの中心からケーブルカーで気軽に上れてしまうほど、市民にとってとても身近な山のようです。

 

シオニ大聖堂 

ムトゥクヴァリ川沿いにあります。

長くに渡ってジョージア正教の総本山した。

2004年に完成したツミンダ・サメバ大聖堂が新たに替わった総本山です。

大きなツメンダ・サメバ大聖堂と違って、シオニ大聖堂はそれほど大きくありません。

6世紀に造られました。

教会の祭壇の左には、4世紀にキリスト教をジョージアに伝えたと言われている聖ニノの十字架が飾られています。

聖ニノは現在のトルコにあるカッパドキア出身の女性です。

ニノの髪の毛を束ね、十字型にした2本のブドウの枝を髪の束で留めて、十字架を作りました。

礼拝者が見られるのはレプリカで、本物は教会内部で保管されています。

※24時間開いていますので、早朝にトビリシに着いた私は最初にシオニ大聖堂を訪れました。

 

ツメンダ・サメバ大聖堂

新たなジョージア正教の総本山。

トビリシ市街の北にあります。

コーカサス地方でも最大級の大聖堂です。

 

メテヒ教会 

この教会もムトゥクヴァリ川のほとりにあるのですが、小高い丘の上にあるため少し体力が必要です。

こちらも24時間開いています。

5世紀に建てられた教会の内部は、華やかさはなく、質素で少し暗いです。

東ヨーロッパにあるような小さな教会に近い気がします。

でも、寒さの厳しい冬のジョージアには、もの寂しいメテヒ教会は合っている気がします。

ジョージアでもっともジョージアらしい場所だと思いました。

教会のすぐそばには、イベリア王でトビリシを築いたワフタング・ゴルガサリの騎馬像があります。

ワフタング・ゴルガサリ像がトビリシ市街を見下ろしているようです。

 

ロシアの作家ゴーリキーが幽閉されていた

メテヒ教会は19世紀に監獄として使用されていました。

ロシアの作家ゴーリキーは、このトビリシで初めて自身の作品が新聞に掲載されました。

ゴーリキーは社会活動家でもあったため、反対勢力が多く、一時このメテヒ教会で幽閉されていました。

彼の最期は、モスクワで毒殺されたと言われています。

 

ナショナルギャラリー 

2011年に再オープンした美術館です。

ロマンティックな画家ピロスマニとは?

ナショナルギャラリーには、19世紀の画家ニコ・ピロスマニの作品があります。

ピロスマニは、ジョージア人で素朴派に属しています。

フランスの女優マルガリータと出会い、それから15年後に彼は『女優マルガリータ』という作品を描きました。

二人のエピソードは、ラトビアで歌になり、後に日本でも「百万本のバラ」という曲名で知られるようになりました。

撮影は一部のみ可能です。

月曜、祝日は休館日です。

 

ムツヘタ

紀元前4世紀から紀元後5世紀まで、イベリア王国の首都でした。

この王国は、グルジアで初めてキリスト教を国教とした国です。

ムツヘタの文化財群は世界遺産に登録されていますが、現在は危機遺産にも指定されています。

 

トビリシからムツヘタへの行き方

トビリシの地下鉄ディドゥベ駅まで行き、駅に隣接したバスターミナルでマルシュルートカを利用します。

マルシュルートカは小さなバスみたいなものです。

料金は50円程度で、約30分掛かります。

なお、トビリシからムツヘタに行く道は、一部がグルジア軍用道路です。

ロシアまで200キロも続くハイウェイです。

ムツヘタからすぐ北は情勢が不安定であるため、行かないようにしましょう。

 

スヴェティ・ツホヴェリ大聖堂


4世紀に聖ニノによって建立されたジョージア最古と伝えられる聖堂です。

現在の建物は11世紀ごろに再建されたもの。

イエスがはりつけになったときの上着の一部が、持ち主の女性スィドニアとともにここに埋められているという伝説が残っています。

そのお墓から育った杉の木から流れた樹液が人々の病を癒したことから、「命を与える柱(スヴェティ・ツホヴェリ)」という意味で教会の名前が名付けられました。

キリスト教を国教化した王ミリアンなど、イベリア歴代王もこの教会に眠っています。

大聖堂入り口にはフレスコが描かれています。

また、教会内部にも大きなフレスコやたくさんのイコンが掲げられています。

これほどの聖堂を建てた建築家は、完成後にイベリア王によって右腕を切られてしまいました。

新たに立派な聖堂を他で建てないようにするためです。

モスクワの聖ワシリイ大聖堂が完成後に、設計者のポスニク・ヤーコブレフの目がイヴァン4世にくり抜かれてしまいましたが、これと同じような悲劇ですね。

                   

ジュヴァリ聖堂 

6世紀の教会で、山の頂上にあります。

ジュヴァリは十字架の意味で、上から見ると十字架の形をした教会です。

山頂にある聖堂に行くには、かなりの時間が掛かります。

行くかどうかは、その後の行程を考えて判断したほうが良さそうです。

トビリシからムツヘタに向かう際にマルシュルートカからよく見えました。

あれだけ高いところにあれば、ムスリムがムツヘタに侵略してきた際に攻撃を受けなかったのも納得できます。

 

ジョージアからアルメニアへ

ジョージアの首都トビリシからアルメニアの首都エレヴァンに乗り合いタクシーで移動します。

トビリシのオルタヂャラ・バスターミナルに行くと、ワゴン型の乗り合いタクシーがエレヴァンに行くと知りました。

乗り合いタクシーに乗ると、まだ誰も乗客はいません。

席が埋まるまで出発せず、結局2時間以上車内で待ちました。

2時間ほど走ると、国境に到着。

荷物を持って審査を受けます。

 

悔いの残る睡眠薬強盗

アルメニアへの入国審査が終わり、再びワゴンは走り出しました。

一番後ろの席に座っていた私に前の男がお酒をすすめてきました。

入国審査が終わって、後はエレヴァンに行くだけだった私は開放的な気分でお酒をもらいました。

全部で3杯は飲みました。

しばらくはいい気分でしたが、そのうちにうとうと……。

次に目覚めたのは、エレヴァンに着いて他の乗客に起こされた時でした。

しかし、頭はぐらぐらして、めまいがひどく、そしてとても眠いのです。

お酒を飲んだだけでは、こうはなりません。

くらくらする中でバックパックのファスナーが開いていることに気づきました。

ワゴンの中に持ち物を落としたかもしれないと思って、戻りましたが何も落ちていませんでした。

そして、ワゴンから降りようとした時、お酒を勧めた男と、私の横に座っていた男が振り返って私を見ていました。

あの2人は仲間だったのかと気づいたのですが、まだ何を無くしたのかはっきり分かっておらず、追いかけることができませんでした。

なんとかホテルを探し、部屋のベッドの上で荷物を確認したら、電子機器など色々な物が無くなっていました。

あとで知ったのですが、お酒に睡眠薬を入れる常套手段だそうです。

旅に慣れて、かえって基本的な注意を怠ってしまいました。

反省です。

 

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