ジョージア
オマーンのマスカットからドバイ経由でジョージアの首都トビリシに朝5時50分に着きました。
2月のトビリシは寒さが厳しく、気温はマイナス1℃です。
グルジアからジョージアに国名が変更されたのは日本だけ?
2015年よりグルジアという国名が、ジョージアに変わりました。
でも、この変更は、実は日本だけで起きたことです。
元々、英語表記でGeorgiaと書いて、多くの国からジョージアと呼ばれていました。
では、なぜ日本はこの国をグルジアと呼んでいたのでしょうか。
日本は昔からこの国を知っていた
この国は19世紀頃にロシアの支配下に置かれていました。
そのため、ロシア語表記でグルジアと発音していたのです。
当時から日本はこの国の存在を知っていて、グルジアと呼んでいました。
それが最近まで同じだったということです。
なぜ今さらジョージアと呼ぶようになったのか?
答えは、ジョージア政府から求められたからです。
かつてジョージアはソ連から独立し、またソ連が崩壊した後に築かれた独立国家共同体からも脱退するなど、ロシアから距離を置いてきました。
また、ジョージアの北部にある南オセチアを巡って、2008年にはロシアと戦争をしています。
現在も南オセチアは不安定な状況であるため、旅行者は足を踏み入れてはいけません。
このように、ロシアとの関係が悪いジョージアにとって、いつまでも日本からロシア語のグルジアと呼ばれるのはあまり喜ばしいことではないのです。
そのリクエストに日本が応えため、日本語での表記が変わることになりました。
ちなみに、ジョージアの人達は、自分の国のことを「サカルトヴェロ」と呼びます。
日本が世界から「ジャパン」と呼ばれていて、自分たちが「にほん(にっぽん)」と呼ぶのと同じですね。
ジョージアの基本情報
正式国 ジョージア
首都 トビリシ
言語 カフカス系のグルジア語
時差 5時間
通貨 ラリ 補助通貨テトゥリ
ビザ ビザも滞在登録も不要
プラグ C
空港からトビリシ市の中心への行き方
空港は市街地から18km離れているので、バスで移動します。
37番のバスに乗ります。
日本円で25円程度です。
安いですね。
市街地まで約1時間かかります。
朝7時から夜11時頃まで運行しています。
私の体験
私は、飛行機が早朝の便だったので、始発のバスまで1時間待ちました。
冬はとても寒く、朝6時頃はまだ真っ暗なので、バスが来るまでは空港の建物内で待ちましょう。
私は外で待っていましたが、ずっと凍えていました。
海外のバスで困ること
バスの大変なところは、降りるべきバス停が自分ではよく分からないことです。
最新の日本のバスと違い、次のバス停名がモニターに表示されるわけでもありません。
また、運転手がバス停の名前をアナウンスするわけでもありません。
そのため、景色などから市街地に入ってきたと判断するしかありません。
旧ソ連の人達はクールです・・・・・・
バスに1時間近く乗ったところで、自分の降りるバス停を決めるため、英語で誰かに尋ねることにしました。
近くの人に聞いてみると、英語が理解できないのか、こちらの求めている答えが聞き出せません。
英語が理解できないのは仕方のないことかもしれません。
ただ、驚くべきことは、こちらが話しかけても、表情1つ変えずにじっとこちらを見ているだけなのです。
他の人に話しかけると、今度はちょっと呆れたように「そんなの分からないよ」という感じの表情で見られます。
あくまで表情だけなので、言葉を返してはくれません。
このような少し冷たい対応は、ジョージアの人だけでなく、アルメニアの人の多くも同じでした。
また、ロシアの人達も同じなのです。
一人旅をしている自分にとっては、けっこう寂しくなるのですが、国民性、民族性、風土などの影響なのかもしれませんね。
その後、しばらくしてジョージア人のおじさんが、私に近づいてきました。
そのおじさんはジョージア語で色々と私に言ってくるのですが、表情からして少し怒っているようです。
ずっと言い続けられるので、困りました。
ちょっと変わったおじさんのようです。
走っているバスの中で、何かしらの不満をぶつけられる私。
周囲を見渡すと、クールなジョージア人たちは、クールに私を見ているだけです。
あまりに言われるので、バスが市街地には入ってきたところで、次のバス停で降りることにしました。
バスの中からおじさんは、バスから降りた私に文句を言い続けていました。
ジョージアの旅はさい先の悪いスタートになりました・・・・・・。
次のページ 「ジョージアの旅 -トビリシとイベリア王国の首都ムツヘタ-」へ